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最高裁判所第三小法廷 昭和51年(オ)908号 判決 1979年4月17日

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人塘岡琢磨の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係によれば、訴外亡森健一の相続財産である本件不動産について相続権を取得した上告人被上告人を含む共同相続人(上告人の持分割合は一五分の二)のうち被上告人のためその単独名義による相続を原因とする所有権移転登記がされているところ、被上告人を除く共同相続人のうち上告人以外の者はその相続持分権を被上告人に譲渡したが、上告人については「相続に関し五万円を受領したので一切の権利を譲渡する」との上告人名義の被上告人あての書面が存在するものの、上告人が作成したものではなく、また上告人の意思に基づき作成されたものでもないので、上告人が相続持分権を譲渡したことは認められず、その他上告人がその持分権を被上告人に取得させることを承諾したことも認められない、というのである。そして、上告人が被上告人との間で本件不動産につき上告人が持分権を有することの確認を請求したところ、原審は、右のような請求も相続回復請求権を行使する場合にあたるものであり、その請求権は民法八八四条所定の二〇年の時効によりすでに消滅したと解して、上告人の右請求を棄却した。

ところで、共同相続人のうちの一人が相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について他の共同相続人の相続権を否定し、その部分もまた自己の相続持分であると称してこれを占有管理し、他の共同相続人の相続権を侵害している場合については、民法八八四条の適用をとくに否定すべき理由はないが、右共同相続人の一人において、自己の本来の持分をこえる部分が他の共同相続人の持分に属することを知りながら、又はその部分についてもその者に相続による持分があると信ぜられるべき合理的事由があるわけではないにもかかわらず、その部分もまた自己の持分に属するものであると称してこれを占有管理している場合には、同条の適用がなく、侵害者たる相続人は同条所定の時効を援用して自己に対する右侵害の排除の請求を拒むことができないものと解すべきである(最高裁昭和四八年(オ)第八五四号同五三年一二月二〇日大法廷判決・民集三二巻九号登載予定)。この見解によつて本件をみると、被上告人において、上告人の持分権譲渡の趣旨を記載した前記書面が上告人の意思に基づいて作成されたものと信じていたものであり、かつ、そのように信じていたことが客観的にも無理からぬとされるような事情があるなど、上告人の相続持分権が被上告人に帰属したものと信ぜられるべき合理的な事由の備わつていたものであることが、さらに認められる場合には、上告人の本訴請求について民法八八四条の適用があることとなるのである。したがつて、共同相続人相互間の相続権侵害排除の請求ないしこれと同視すべき請求については常に同条の適用があるとした原審の判断は法律の解釈適用を誤つたものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすものであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件は上告人の本訴請求につき同条を適用すべき余地があるかどうかの点についてさらに審理を尽くす必要があるから、これを原審に差戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官横井大三の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官横井大三の反対意見は、次のとおりである。

私は、原判決を破棄する点では多数意見と同じであるが、本件を原審に差し戻すとする点において多数意見に同調することができない。私は、前記昭和五三年一二月二〇日大法廷判決の大塚裁判官ほか五裁判官の意見と同様の理由により、共同相続人相互間における相続持分権侵害による紛争については常に民法八八四条の適用がないと解するものであり、したがつて、被上告人の相続回復請求権の消滅時効の抗弁は失当としてこれを排斥すべきものである。そうすると、上告人の本訴請求はこれを認容することができるから、その旨の自判をするのが相当である。

(裁判長裁判官 高辻正己 裁判官 江里口清雄 裁判官 服部高顕 裁判官 環 昌一 裁判官 横井大三)

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